Monumento

itog

2016-04-23

Tags: ocr-generated 長野県 坂城町

Guide plate text

This content was transcribed by optical character recognition. Please cooperate with proofreading.

ocr-generated ほっこくかいどうねずみじゅくあと
北国街道鼠宿跡
あいのじゅぐ
ほんしゅく
どおどめ
ここ鼠宿は、北国街道の上田宿と坂木宿の間宿であった。
真田氏は元和八年(一六二)上田から松代に移ると、当
時南条村と称していた金井村以南の地を鼠宿村と改め、翌
九年に鼠宿村の北部と金井村の南部を合わせて新たに新地
村を作ると共に、鼠宿・新地両村の共同経営とする「鼠宿」
の宿場造成に着手した。
「上田・坂木の両宿は幕府公認の本宿で、鼠宿は、松代藩
が設けた私宿であった。
藩主の参勤交代・領内見分、藩士の日常出張等の際の宿泊
・休憩の接待や、藩の荷物の継ぎ立てに当たらせ、口留番
所を設けて人や物の出入りを取り締まった。
岩鼻は松代領と上田領の境界で、東・北信を結ぶ交通・
経済・政治上の要衝であり、鼠宿の口留番所における人と
穀物・酒・漆等に対する取り締まりは関所なみの厳しさで
あった。
岩鼻はまた坂木の横吹坂と並ぶ街道一の難所で、加賀の前
田侯は参勤交代の際岩鼻を通過すると 飛脚をたてて無事
を国許に伝えたという。
宿場の南北の入口に桝形があり、道路は鼠宿・新地両村
境でカギ形に屈曲し、道路の中央に用水を通し、川の東に
沿って柳・榴・海堂等の並木があり、井戸がその間に点在
ますがた
した。
うまやど
おうじはやお
ゆいしょ
本陣(正式名は御茶屋)、脇本陣、問屋、馬宿のほか、
般旅人の休息する茶屋もあって、宿場はにぎわった。
宿場南端の会地早雄神社は由緒深い社で、境内に江戸時代
に建立の万葉歌碑と明治に建立の芭蕉句碑が並ぶ。
明治維新を迎えて宿場は廃され、明治九年(一八七六)
に北国街道は国道となったが、後信越本線の開通により
街道交通はさびれていった。
以来幾多の変遷を経、ラ岩鼻の国道は新たな車時代の難
所となり、建設省によって急崖が削られ、国道の拡幅、歩
道の新設、緑地帯の造成の画期的な工事が竣工した。
これを記念し、昔日の面影をしのび、これを記して後世に
伝えるものである。
平成六年八月
坂城町

Texts

monumento
2018-03-28 12:16 (0)
monumento

Comments/Photos

Footprints

0 footprints lefted here.

Embed tag

Guide plate Tour

周围的导板

kawa_sanpo (2017/10/01)
Tags: ocr-generated 長野県 坂城町
vision (2018/06/12)
Tags: ocr-generated 一里塚 橋 北国街道 鼠宿 長野県 坂城町
vision (2018/06/12)
Tags: 明治天皇 auto-translate 御巡幸 北国街道 聖跡 長野県 坂城町
itog (2016/04/25)
Tags: 葛尾城 和合城 坂城町教育委員会 長野県 上田市