Monumento

茂田井間の宿

komoro

2021/02/09

Tags: 徳川幕府 中山道 一里塚 慶長 元治 文久 芦田宿 和宮 豊川稲荷 近世五街道 茂田井間の宿 望月宿 石割坂 茂田井間の宿保全活性化実行委員会 長野県 立科町

Guide plate text

茂田井間の宿(もたいあいのしゅく)

 慶長 年間、 徳川幕府 によってつくられた 中山道 は、 近世五街道 のひとつであり、江戸と京都の交流を結ぶ役を果たしていた。
 茂田井間の宿 は、 望月宿芦田宿 の間に位置し、旅人の休み処としての機能を持ち、多くの旅人の往来があった。
 今、地域内の街道沿いには江戸時代の往時を偲ばせる土蔵や造り酒屋・民家・道路脇の水路等旅人に安らぎを与える往時の風情を見ることができる。
 文久 元年(1861)11月7日、徳川十四代将軍家茂(いえもち)に、公武合体のために降嫁された孝明天皇の妹『 和宮 (かずのみや)』の行列が茂田井間の宿を通過された。
 また、 元治 元年(1864)11月19日、天狗党水戸浪士の中山道通過に際し、茂田井村が小諸藩兵士四百人程の拠点となったなど多くの記録が残されている。
 一里塚 は、 石割坂 (いしわりざか)を上りきったところに位置し、北側には榎(えのき)の木、南側には欅(けやき)の木が植えられていたという。江戸より42番目の一里塚であり、明治初期には 豊川稲荷 が祀られていた。現在は痕跡だけが見られるのみである。

茂田井間の宿保全活性化実行委員会

Texts

genjitsu_
2021-02-12 11:30 (521)
genjitsu_

Comments/Photos

komoro komoro 4 个月

茂田井間の宿

Footprints

0 footprints lefted here.

Embed tag

Guide plate Tour

周围的导板

komoro (2021/02/20)
Tags: 長野県 立科町
komoro (2021/02/09)
Tags: 天正 地蔵尊 文久 倉見城 米持庄司 一休 茂田井 徳間峰 徳間山 倉見寺 茂田井間の宿保全活性化事業実行委員会 長野県 立科町
kawa_sanpo (2017/06/03)
Tags: 高札場 高札 長野県 立科町
kawa_sanpo (2017/06/03)
Tags: 長野県 立科町